Welcome to Life Aquatic


日本に住んでいた頃からお仕事の休みを頂いては旅行に出かけていました。
帰ってきたらまた次の旅行の計画。旅行をしながらその先々で働けないものか?

海が好き、暖かい国が好き、そんな国を転々としながら働ける仕事ってなんだろう?
ふと、ダイビングのインストラクター、という提案が浮かびました。
2001年8月に日本を出発してから長期在住型の旅をしています。
トルコから始まり、ヨーロッパに入り、アメリカに飛んでメキシコ、ベリース、グアテマラ、
そしてホンジュラスへ カリブ海の小さな島に約4年ほど過ごし、その後東南アジアを点々とし2006年5月にモルディブへ

モルディブや東南アジア周辺と時々ヨーロッパを行ったり来たり、最近はバリ島に居ることも増えました。

こうして皆さんと繋がり海の美しさ素晴らしさを伝えることができ
自然を守るというお役に立ちたいと思います。
スクーバダイビング、フリーダイビングや海の生き物たちに関することについては
こちらのブログ - 海へ…LifeAquatic (marikagaya.com) にも書いています。
ありがとうございます。

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2010年8月14日土曜日

ラダックで稀に見る豪雨、土砂崩れがありました。

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6/Aug/2010

昨日も夕方5時頃から雲行きが怪しく雷が遠くで聞こえ雨もぱらついていた。
この二日間珍しく夜中に雨がザーザー降っている。
トレッキングも危ないからキャンセルになっているようだった。

夜10時半頃電気が無くなりベットに入るが雷がどんどん近くなり12時過ぎには氷が降り出していた。打ち付ける雨が窓から入って来る。トーチで部屋の中を照らしてみると、今まできっちり窓なんか締めて寝ていなかったので氷が部屋に散らばっていた。頑張って閉めても水が漏れて入って来る。そのまま寝る事にした。
でも、なかなか寝れない、こんなときにトレッキングに行っている人はどうなっているんだろう?と誰を心配するわけでもないけど心配になっていた。

今朝6時頃起きていると向かいの部屋の4人組も起きてドタバタと出発の準備をしていた、他の2二人も出発支度をしていた。
こんな雨の後に何処かヘ行けるのだろうか?きっとキャンセルになっているに違いない。。。などと思っていると1-2時間後にやっぱり戻ってきていた。
何やら話し込んでいるけど英語じゃないので話の内容は分からないけど何となく興奮したような問題があったような感じだった。
部屋の窓を開けようとしたらあまりにきっちりはまってしまって半分しか開かなくなってしまった。
そんなこんなしながら、ヨガをしたりゆっくりした後。
部屋の外でオーナーの奥さんが走り回っていた。
どうかしたの?何か問題でもあったの?と聞くと、沢山の村が無くなったと言うではないですか!?土砂崩れ?と聞くとそうらしい。
バス停の向こう側の家も大きな岩か落ちてきてチャングスパは大丈夫だけどレー周辺の村のいくつかは何人も行方不明の人が出ているそうで、、、
奥さんの村にも行こうとしたけど道がなくなってしまっているそう。
こんな惨事は今までになかった。と、とても胸を痛めている様子で親戚も無事だったけど家が無くなってしまったらしいです。

とりあえずちょっと外ヘ行って水と簡単な食べ物だけ調達してきましたが。
中心部も、何処もかしこも閉店しています。
やっと見つけた1件目には水はもうなくて、私のゲストハウスの近くのお店が一つ開いていてそこでお水を買いました。
何も知らずに外へ出た人が、何これどうなってるの?何でみんなしまっているのよ!と呟いていました。
今日は晴れていますが遠くで雷が鳴っています。
東側の空はグレーで自分の居るところは晴れています。
今停電中。とりあえずトイレの水は出るので良かった。

9/Aug/2010

今もまだ停電は続いています。昨日ようやくインターネットができる場所を見つけました。でも、できるだけ短い時間で済ませて多くの人に使ってもらおうとなるべく早く切り上げたつもりでした。とにかく親や心配してそうな人(インドでこんなことが起こっている事を知っていそうな人)に、無事のメールなどを送りました。
日本語が読めなかったのでメールチェックも英語のみ。
始めの土砂崩れがあった日の朝、私が滞在しているChangspa には、大きめな川が流れています。その川が夕方5時過ぎから氾濫し始めました。
普段も夕方から川の水かさが増して濁った水が流れて来るのが普通なのですが、この日は大きな樹がごろごろ根こそぎ流れてきています。
これを見た地元の人は大慌てで荷物をまとめてシャンティーストゥパへ避難していました。
私のゲストハウスのオーナー家族も居なくなっていました。
ほとんどのゲストも部屋に鍵をかけて荷物はそのままで避難したようです。
残っていたのはその日トレッキングから帰ってきて宿を探して見つからず、とりあえず知り合ったらしいイスラエル人男性の部屋をシェアする事になったブラジル人とハンガリー人だけど20年ほどオーストラリアに住んでいる女の子二人組。
その日の夜はこの3人とオランダ人カップル、近くのゲストハウスから逃げてきた同じくオランダ人カップルが同じ宿で寝ました。
2階の方が安全だという事で女の子二人組と1階に部屋のあるカップルは2階のホールで寝ると言っていました。避難してきたカップルはオーナー家族の部屋の
リビングに(鍵もかけずに出て行っていた!)
イスラエル人は1階の自分の部屋で寝ました。
私の部屋を見たハンガリー人は、私はこの部屋の床に寝ると言い出し、私の枕とブランケット(二つあったので別に良いけど)で寝ていました。

でも、寝れない。1時頃からパラパラ雨が降ってきて3時過ぎまで寝れませんでした。朝5時半頃目が覚め6時頃には人の声がしたので外へ出るとシャンティーストゥパへ避難していた人が戻ってきていました。
寝れないし、とりあえず習慣のチベット体操とヨガをして8時半頃また部屋を出てみると水が出ない。家族が戻ってきていてジェネレーターを回してパンプで水をタンクに溜めてくれましたが、オーナーの奥さんは私を見るなりここに居たら危ないから逃げるように言われ、とりあえず荷物をまとめる事にしました。
前日からほとんどのものはバックにつめていたのですがさらに防水対策もする事にしました。
とにかく町がどうなっているのか知りたかったのと、日中は晴れていて川の水かさも低いので何かお腹に入れようと言う事でイスラエル人と女の子二人組とで外へ出てみました。
橋の近くへ来てみると道が半分無くなって地割れして今にも割れ目が川へ倒れ込みそうな感じになっています。
レストランはチラホラ開いていました。
噂ではかなりの被害でアーミーのベースキャンプもいくつか無くなってしまったそうです。
起きた時間が夜中だったのでどうする事もできなかったらしく、スリナガル方面もマナリ方面も道の復旧はかなり時間がかかるそうです。
空港も人が溢れていて飛行機も1日2便ぐらいしか飛ばないので朝4時頃に空港のカウンターに居ないとチケットが取れないそうです。
ここで、4人ほど日本人の旅行者に道でバッタリ出くわしました。
そのうちの3人は4日にここから出ようとして出れずに居る方達でした。
もう一人は5日にマナリの方からやってきたミニバスが通れなくなったのでそこから15キロ荷物を担いで歩いて、こちらで待っていたミニバスに乗り込んでレーまでやって来た人でした。
(やって来たのが良かったのか?疑問です。と呟いていました)
その時レーから出発した人も15キロ歩いて行けば反対側で待っていたミニバスに乗ってマナリまで行けたのでした。でも、みんな戻って来ちゃったそうです。
その時点で道が直るのが1週間はかかると言っていました。
その日の夜大きな土砂崩れがあちこちで起きたので今はいったいどうなっているのか?
その他にさらに二人日本人が居るという話を聞きました。
私と、マナリから来た男の子以外は飛行機でここから出ようと頑張っているようですが、なかなかチケットは取れない様子です。
旅行者の人たちも地元の人もボランティアで手伝いに行ったり募金を集めたりしています。
私は自分の服(靴下や肌着など暖かくできそうなもの)を寄付しようと思います。
今日はあまり晴れていなくでちょっと肌寒いです。

2010/Aug/10
停電はしているものの、レストランやお店は開いているところがほとんどになりました。
今日は一番皆さんが必要としているという事で靴下を2足、寄付しました。
明日も、穴があいているのがあったのでほころびを縫ってさらに2足と、ズボンとストールも一緒に持って行こうと思います。スニーカーも1足ここを出る時にあげようかなと考え中です。でも、これをあげるとハイキングブーツしかなくなるので暑いところでちと辛いのよね。。。

ここであった日本人の子が日本に電話をしたらかなり大きなニュースになっているらしいと聞いて、その割には日本の大使館からの連絡などが何も無く、沢山の国の確認の連絡先の張り紙が町中に貼られている中、日本はどうなっているの?この事態を知っているのか?と、疑問に思う今日この頃です。
レーの空港では韓国大使館の人が来て(韓国人旅行者に)携帯を使わせてくれて家に電話をかけさせていたそうです。イスラエルでは150人分のチケットを確保してくれたとか、それは無いにしても他の国の大使館から安否確認のために来ている人に、一応違う国でも名前と国籍とパスポート番号などを教えてほしいと言われました。
日本はここへ連絡してほしいと言うような張り紙すらありません。
でも、まぁ無事なんで良いのですが、フランスやスペインオランダなど行方不明の旅行者が60人くらい居るようです、今日200人ほどヘリコプターで収容されたうち、国籍は分かりませんが7人は無くなっていたそうです。

ほとんどの日本人は飛行機でレーを出発するようです。
マナリ方面の道が開通するのは2-3日と言う噂もあれば2週間と言う噂も有り、スリナガル方面は橋が落ちてしまったのでもっと遅くなるとかならないとか、噂ばかりが飛び交っております。

私は、昨日までは後2週間位はここに居ようかな?と思っていましたが
余りにもする事が無いので2-3日様子を見てひょっとしたらジャムーへ飛行機で飛ぼうかな?と考え始めました。
ジャムーには週1回金曜日にレーから飛行機が出ているそうなので。今週の金曜日には飛ばないにしても状況に寄っては来週の金曜にはレーを出ているかもしれません。もうすぐラマダンも始まる事だし、モスリムが多く情勢が不安定なスリナガルへはなるべくなら行きたくない!

12/Aug/2010
昨日はcondolence がありました。(日本語にしたら慰霊祭?)
ガソリンスタンドから6時半出発でレーの町の方へ向かってロウソクを灯して歩き、町の中を一周してメインバザールのゴンパの前まで、最後は皆が手にしていたろうそくをまとめて置いてゆき9時頃終了しました。
風が吹くたびにロウソクが消えるので皆で火を貰いあいながら歩いて行きました。
バススタンド周辺は被害の後初めて行ったのですが泥が家やバスを押しつぶしていました。ラダキー達はそれぞれ歌を歌いながら歩いているんですが被害の大きな近くに来たらさらに皆の声が大きくなって、私は涙が止まりませんでした。
(被害のひどいところが過ぎたら涙がぴたりと止まった。)

今日からラマダンが始まっています。(昨日の夜からかも?)
それと、何気に家族連れの旅行客が増えている気がしますが、前に比べてかなり旅行者は減りました。
4000人くらいがデリーに飛んでしまったはずです。
今日も、靴下とスパッツを寄付しようと持って行ったら、既にカウンターがなくなっていた。
私は、今回のこの被害後にできた友達とゆっくりしています。
それと、今回の被害後に知り合った日本人旅行者はどうやら皆さん飛行機でデリーへ飛んだようです。おとといまでは空港に通ってチケット確保に1日費やしていました。
今は一応夜だけゲストハウスのジェネレーターで数時間だけ電気があります。
その時だけホットシャワーも使えます。お湯も沸かせるのでお茶が飲める!

でも、道路がまだ通じていないので野菜などが減ってきています。
ラッシーも、ミルクがないので作れないそうです。
ジャムー行きの件ですが20日頃まで飛行機は満席のようです。
それに今はダラムサラは雨がすごいようなので、やっぱりここでのんびりする事にします。

ちなみに、今回の事で知り合った人たちはとても個性的な人ばかりです。
今特に一緒に居るのがオーストラリアに住むハンガリー人(山歩きが好きでパキスタンやネパールを一人でも歩いてしまう子!)とブラジル人(ジャーナリスト)の女の子二人組と、コロラドにキャンパー停めて夏は生活していると言うアメリカ人男性。
女の子二人は6日の夜から同じゲストハウスに居て、アメリカ人はあるきっかけで7日に知り合いました。
そのきっかけとは、ハンガリー人の子と朝食を食べに出かけた時、レストランでいきなり倒れてしまったのです。彼女が具合が悪かった事はしらな方のでビックリしてどうしようかとうろたえていた時、そこのレストランにお客で居た看護婦の人とレストランの前を通りかかったドクターとが助けてくれたのですが、その時たまたまレストランに入って来たお客の一人がこのアメリカ人で、何かと気を揉んで手伝ってくれた一人でした。
(ちなみに!今回知ったのは脱水症状などで気を失ったときは、リンゴジュースを水で割ってそれに塩を入れたものをのむと良いんだそうです。
私たちは1時間以上かけて2リットル近くを彼女に飲ませました。
でも状態が良くならなかったので病院に運んだのですけど。)

この3人は皆トレッキングが目的で来ているので話がとても合います。
私はこの3人の話を聞いている方、何故か毎日夕方には集合して自分達のゲストハウスとはかなり遠い(私はそこが気に入っていたので前から行っていたんだけど、アメリカ人の子もそうだった)Happy Worldと言うレストランに通っています。

知り合いがどんどんレーから出て行く中、私たち4人はまだこの後どうやってここを出ようか思案中です。
私とハンガリー人の女の子はここにしばらく居るのは問題ないって話して、いつものんびり過ごしています(年も近い)が、ブラジル人の子はアクティブにあちこちに知り合いを作って道を数歩歩くたびに誰かとバッタリあって話し込んでしまう感じ、アメリカ人はやっぱり一緒に居るとずーっと何か話しています。
このアメリカ人が今のところ次に出て行きそうな気配です。